爆音が聞こえたり、銃声が聞こえたり。


 とりあえず、生きた人間がいるみたいだと判断した僕は、しっかり着替えなおして音のするほうへと向かうことにした。

 ちなみに今度はネイビーのズボンに同色のシャツ、あとやっぱり白衣。


 んー、なんかね、白衣着てると落ち着くんだよ。

 これは記憶を失う前の僕と何らかの形で関係しているのかと思い、着ていたら思い出すきっかけになりはしないかって考えでだ。



 ・・・・まぁ、思い出せなかったら思い出せなかったらで、また一から作り直せばいいことなんだけど。



「・・・・・・・・・・・・・あ、なんかこっちにいそう」



 ふと感じ取った生きた人間の気配。

 その周囲に群がるようにいる死体モドキの気配。


 感覚を研ぎ澄ませながらそっちへ足を向ければ、近づくにつれ争っている音が大きくなる。

 と同時に、死体モドキの気配が一つ、また一つと消えていっているのが感じ取れた。


(どうやらあの死体モドキ、僕以外のまともな人間・・・・・・には襲い掛かる習性があるみたいだな)









敵か味方か








 くるくるくると、指先で廻るペン。

 拝借した白衣の胸ポケットから取り出したそれで遊びながら、視線は犬の死体モドキ集団に。

 はっ、はっ、と舌を垂らし、ついでに内蔵も垂らした血まみれの犬、8匹。


 白く濁った眼は元人間のそれと同じだけど、きょとんとこちらを見上げてくる姿にはまだ、元人間と違って愛嬌がある。



(・・・・・・・・・・・殺すべき?)



 人間の死体モドキはすっごく不愉快に感じたけれど、犬の死体モドキはそれほどでもない。



(もしかして僕って犬好きだったのかなぁ?)



 こっちが首を傾げれば、犬もコテン、と首が傾く。

 …………少し、きゅんとした。


 見た目はグロいけど、知能に関してはあんまり変わらないのかもしれないな。

 ていうか、そもそもこの死体モドキ達は一体なんなのだろうか。


 最初人間のモドキに遭遇したときは、それどころじゃなかったから特に気にしなかったけど、今になってよくよく考えてみれば、変なことだらけだ。



 ――――――――――たとえば、この施設に外へつながるドアや窓が見当たらない事とか。



 じぃっと犬たちを見下ろしながら考え込んでいたら、視界の端にいた一匹の犬がピクリと反応し、とてとてとどこかへ歩いて行ってしまった。

 他の犬は犬で、ぼーっと僕を見上げたりふらふらしたり。


 ちょっと気になって気配をさぐってみたら、すぐ近くに生きた人間の気配がある事に気がついた。



(・・・・・・・・犬に気が取られてて気づかなかった……)



 次いで少し争うような物音が耳に入り、他の犬たちもさっきまでののほほんとしていた空気が一変。

 狩りの体勢に入ったかと思うと、そろりそろりと身をかがめ動き始めた。



(・・・・・・・・一応、生きた人間助けたほうがいいよな)



 そう考えた瞬間、窓ガラスが派手に割れる音が。

 すでに姿を消した犬に遅れ、自分もいこうと歩き始めたとたん、銃声が。


 少し早足になって廊下を進み、角を曲がってその先へ視線を向けたら、そこには一人の女性。

 銃を構えた姿勢で何やら困惑した様子。


 そして彼女の背にした壁の横。

 窓になっている部分から顔をのぞかせているのは、さきほど一匹だけで姿を消した犬の姿が。



(あの人、あいつに気付いてない・・・・)



 指で遊んでいたペンを今度はしっかり握りこみ、少しの躊躇いの後ダーツのようにひゅっと勢いよくペンを投げれば・・・・・・・



ぐしゃっ



「っ!?」



 突き刺さるにとどまらず、頭部を粉砕し、さらにはその背後の壁に突き刺さったペン。

 頭部のなくなった肢体はぐしゃりと地面に崩れ落ち、突然のことに驚きつつ僕のほうへと銃口を突きつけるのは、助けた女性。



「ハロー、ご無事ですかお姉さん?」

「あなた・・・・・・・ここの生き残り?」



 無抵抗のホールドアップをしながら微笑み、そう話しかければ戸惑いの声が。



「あの死体モドキの仲間ではない、としか答えようがないな」

「・・・・・・・・・どういうこと?」

「記憶喪失でね、自分のことが何一つ分からないんだ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」



 とりあえずは信用してもらえたようで、銃を納めてくれた。

 僕も上げていた両腕を下ろし、彼女の傍へ。



「眼が覚めたら白い部屋に僕一人。ドアが開いたかと思えば人間モドキがそこかしこ。ここは何処で、一体何がどうなってるんだ?」

「・・・・・・・・・・・ここはラクーンシティ地下にあるアンブレラ社の研究施設、通称『蜂の巣ハイブ』よ」

「地下・・・・・・・・(だから窓がないのか……)

「死体モドキについては分からないわ。けど、レッド・クイーンが暴走してここの職員を皆殺しにたことに関係があるみたいね」

「レッド・クイーンって?」

「ここ『蜂の巣ハイブ』を統治する人工知能のことらしいわ」

「・・・・・・・・さっきから『〜みたい』とか『〜らしい』って言ってるってことは、詳しくは分かってないんだ」

「・・・・・・・・・・ええ。・・・・・・・・そもそも、私もあなたと同じなのよ」

「同じ・・・・・・・・っていうと、もしかしてお姉さんも記憶喪失?」

「そう。ここの防御システムらしくてね、記憶障害で自分のことがもう、サッパリ」



 ため息をつきながら肩をすくめるお姉さんに、思わず笑みがこぼれた。



「それで、今はどこに向かってるの?」

「クイーンのところよ」

「っていうと?」

「奥の奥。他に蜂の巣ハイブに来たメンバーもそこに向かっているはずなの」

「そこに出口があるわけ?」

「分からないわ。けど、今はそこに向かうしかないの」

「ふーん」

「質問はもういいのかしら?」

「・・・・・・・・・・今のところはね。本当のこと言うともっと色々知りたいことはあるんだけど、今はそれどころじゃない、でしょう?」

「・・・・・・ふふっ、そうね」



 気が緩んだようで、柔らかい微笑みを浮かべるお姉さん

 ・・・・・・・・うん、さっきみたいな怖い顔よりこっちのほうが似合うな、やっぱり。








 何も知らない僕より、多少は現状に通じてるお姉さんの方が確かだからと後ろをついて歩いて数分。

 いくつもの角を曲がり辿り着いた先は、床に書類やらなんやらが散らばった、事務室っぽいところ。


 ここに人の気配が一つあるのは、少し前から分かっていた。

 だからそれとなくお姉さんの行く先を修正し、合流しようと僕は考えていた。



(生きた人間の味方は、今のところ多いほうがいいからね………)



 人の気配の傍に死体モドキの気配もあった。

 けれど犬みたいに動きは俊敏じゃないみたいだし、数もそんなにない。

 だから襲われてもどうにかなるだろうと思ってたんだけど・・・・・・・・・



「マット!」

「っ!」



 床に落ちていたペンを一つ、先ほどと同じように、けれど今度は粉砕しないよう力を加減して投げたそれは、死体モドキの首の後ろへと吸い込まれるようにして深々と刺さった。

 狙いはあれだ、頸骨。


 いかに死体モドキといえど、体を動かすには脳から出る信号が必要。

 つまりそれを絶ってしまえば、後はもう普通の生き物と一緒。


 今までは変形した腕で潰したり吹きとばしたり粉砕したりだったからとくに考えてなかったけど、うん、結構効果あるみたいだな、この攻撃。



 びくん、っと大きく背をそらせたかと思うと、ぱたりと大人しく地面へと倒れる死体モドキ(♀)。

 そして急なことに動揺を隠せず混乱する、今まで死体モドキに組み伏せられていたお兄さん。



 しばらくお兄さんの視線は虚空を彷徨っていたけど、足下に倒れ伏した死体モドキに気付くとしゃがみ込み、涙を流した。



「・・・・・・・誰なの」



 急な涙に動揺した僕をよそにお姉さんがそう尋ねれば、「妹だ」と短い答えが返ってきた。



「ここのような企業にとって、法律は無いに等しい」

「・・・・・・・・・・・・」

「間違ってる!」



 ここのような企業・・・・・・・・・ああ、確かアンブレラ社だっけ。

 僕のような人体実験をしているってことは、確かに法律を完全に無視してるよね。


 ・・・・・・・・・・ん、ってことは、このアンブレ社ってかなり巨大な組織なんだな・・・・。



「俺たちの考えに賛同する同士は、世界中にいる。情報を流す者もいれば、サポートする者もいる。・・・・・・・・時には過激なやり方も」

「・・・・・あなたね」

「君の仲間がちゃんと調べれば、俺の正体はすぐにばれたはずだ。・・・・・・・・・・俺は方々でマークされている。海軍でも、国家安全保障局でも。ハイブに潜入するの事は不可能だった……」

「それで妹さんを・・・・」

「確かな証拠が必要だった・・・・・・。アンブレラ社の実態を世間に晒す為に、行われている研究を立証したかった…!」



 研究・・・・・・・、もしかして、僕のような死者を甦らせた『T-ウイルス』のこと…?



「・・・・・・・何の研究?」

「違法なものさ・・・・・・・・遺伝子、ウイルス・・・・・・・妹は開発中のウイルスを持ち出そうとしていた」

(開発中・・・・・・?)

「でも、どうやって手に入れるつもりでいたの」

「協力者がいた・・・俺の知らない内部の人間。入手に必要な機密コードや、監視システムに通じている者だ」

「・・・・何故失敗したの?」

「その相手に裏切られたのかも。罠にはめられて、ウイルスを横取りされたとか・・・・・・・・・・・『T-ウイルス』を売りに出したら、一体いくらになると思う?」

「命以上の価値が?」

「あるさ、ほしい奴には・・・・・・・」



 なんとなく、自分の掌を見下ろした。


(・・・・・・・ここに、そのT-ウイルスが流れてるって言ったら、どうなるだろう・・・・)



「・・・・死者が生き返る、命以上の価値は、確かにあるね」



 気づいたら、勝手に口から言葉がこぼれていた。



「・・・・・・君はここの研究員だな」



 隠しきれない憎悪がこもった声に顔をあげ、視線を向ければ僕を睨みつけてくるお兄さんが。



「・・・・・・・・・・いや、僕は研究員じゃない」

「あなた記憶が・・・・?」

「戻ってない。けれど、目覚めてから知ったことが、いくつかある」

「記憶・・・?」



 話すか、話すまいか。

 けど、ここまで話したのなら下手にごまかすより、素直に言って情報の共有を図ったほうが上策か……。






「・・・・・・・・・・・・・僕は、完成したらしい『T-ウイルス』によって生き返った、被験者だ」






 苦々しい気持ちを思いっきり込めそう言えば、二人が息を呑み驚愕の視線を僕に向けた。















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