手にした書状を扇子がわりにしつつ、さてどうしようかと考えた。

 真っ白な紙には達筆な文字で『三双萩殿』と違えるべくもない自分の名前が記されている。

 しばらく宛名を眺めたあと、さっき一度目を通した中身をもう一度開いて読んでみる。

 途中まで読んでどうあっても内容が変わるわけがないことを確認すると、俺は古風な手紙をくるくると巻き、表書きに収め、宙に放り投げたのち、爪楊枝で壁に縫いつけた。

 カカカッ。

 鋭い音が響いて綺麗に貼り付けになった書状が目の前に出来上がった。

 手に持った湯のみから一口、お茶をすすれば心は決まった。



 この世界は、分かりやすく言うところのハンター世界である。

 そう、かの有名なハンターである。

 俺がここに迷い込んだのは四半世紀前だけど、丁度バカンスがしたい…と書類の多さに辟易していた頃だったから丁度いいやと思った。

 やっぱり住むならジャポンだよな!と適当な山裾のボロ屋を借り受け軽い自給自足生活を満喫していたわけだが、どこの世界にも勘違いする奴ってのはいるもんで、まぁ詳細はめんどくさいから省くけど、俺はいつの間にか武道の大家ってことになってた。

 え、なにそれ怖い。そして笑える。あはははは!!

 このジャポンには武門の名家と呼ばれる家が幾つかあって、そういう人達は人達で派閥というか門閥か?それがあるわけだから、俺は漂泊の武術家みたいな呼ばれ方をされる。

 ちょっと頭おかしいんじゃないのか皆?

 真剣に今までの歩みを思い返してみたけど、現状に変化はなかった。

 当たり前である。



 さっき壁に貼り付けた書状は、その名家さんのなかのさんちの方からのもので、えーと次男だか四男だかの名前が書いてあった。

 ごめんよく知らないんだ家族構成とか!

 内容は一度家に来て稽古つけてくれ、と。

 まぁちょっと優しく述べてみたので、本物はもっと上から目線入ってたけどね〜。

 要はお前の技を俺に伝授しろ、お前ごときの流派を身につけてやるんだ感謝しろ、そんな言い回しでした。

 何これ面白い。

 やっぱり伝統と格式ある家の坊ちゃんって成層圏より高いプライド持ってるんだ。

 枠にハマりすぎてて逆に面白いよ。

 俄然この坊ちゃんとさんちに興味が湧いた俺は、是非もなし!と返答しておいた。

 絶対怒るよね〜あっはっは!

 案の定、約束の日に迎えに来た家の人の目線は冷ややかだった。

 こういう時無表情って便利だなぁと思うんだけど、律儀に迎えに来てくれたので礼はしておく。

 迎えなんかよこさねーから勝手に来い、むしろ来るべきだろ、と言われるんじゃないかと思ってたからな〜。



 結局のところ出稽古の相手である三男(だった)は、きっと一般人から比べたらそこそこ強いんだろうけど、こんなもんかっていう程度だった。

 そしてやっぱり成層圏以上だった。

 面白かったから内心爆笑しながらお相手したよ!



「遅い、鈍い、弱い」

「くっそぉぉぉお!!!」



 こんな感じで。

 ボロ雑巾みたいにして帰ったから、明日辺り呼び出されたりするかな〜とワクワクしてたけど、意外や意外、おかしな方向へ話は転がりだした。



「師範?」

「はい、是非お願いしたく伏して申し上げます」



 あれ〜?

 三男さんはボロクソされたのが事の外お怒りだったらしく、でも変なところで真面目らしく、「お前に勝てるようになるまで稽古しろ!」とのたもうたらしい。

 ふ〜ん、別に自分で言いに来たら受けてもいいけど?

 そう返答したら屈辱だって思いっきり顔に書き書き家に押しかけてきた。

 何この人面白い!

 暇つぶしが出来たと嬉しくなった俺は正式にこの話を受け、さんちの三男の師範となった。

 まぁあくまで本流はさんちの武道なわけで、俺のはサブ的な位置づけだけど、三男が面白いから受けた俺としてはまったく気にならないことである。



 そうやってしばらく彼に構いつつ、一応家の主である三男の親父さんにも挨拶しつつ、なんだかんだと数年間。

 最近の三男の話題は弟のことが多い。



「あの坊主!父上に直接教えを受けるなどつけあがりやがって!!」



 要は三男は五男が嫌いであると。

 どうやら五男は他の兄弟より格段に強いらしく、かつ顔も良いらしく、強さでかなわずモテ度でかなわず良いとこ無しな兄貴たちは怒り心頭といった有様。

 いや〜成層圏以上のプライドは厄介だね!

 嫌がらせなども頻繁にあるらしいが、大体においてするりと躱されるので、悪巧みをしている時の無駄な自信のある顔と失敗した時の憤怒を押し込めている顔が面白すぎて、俺としては五男にグッジョブと言ってサムズアップした後にお礼を言いたい。

 そう思っていたら案外早くその機会がやってきた。

 三男が五男も一緒に稽古しようと誘ったらしいんだ。



「遠慮いらないぞ、師範」



 うわぁ…言うまでもなく俺に五男をボコらせようっていう魂胆だな、相変わらず考えることが分かりやすくて面白いなぁ!

 笑い笑い向かった道場で初めて対面した五男は、どこかで見たような顔をしていた。

 けど、どこで見たのか思い出せないので5秒で考えるのをやめた。

 いや〜でもたしかにカッコいいわ五男、三男とは比べ物にならないな、諦めろ三男!

 爽やかに心で三男に通告すると、名目どおり挨拶をして稽古を始めた。



「師範を務める三双萩だ」

と申します」



 いくら兄弟だからって、俺は三男の師範であって他の兄弟とは関わることが少ない。

 三男が五男を嫌っているがごとく、他の兄弟もお互いがお互いを敵視しており、一緒に稽古なんて家の当主、彼らの父親と一緒にするとき以外ない。

 というのが三男の言である。

 よって今日初めて生の五男を見たわけだが、確かにこれは実力に差があるなぁ…。

 三男だったら吹き飛ばされるところ、五男はちゃんと受け止めて反撃してくる。

 あ、これ無理だ、早々に諦めたほうがいいよ三男!

 さっき通告したことをもう一度唱えると、俺はさらにスピードと威力を上げて技を繰り出した。



「っ!」



 視界の端で三男がニヤけているが、次は三男が五男の立場になることを忘れているのか?



「それまで!」

「…ありがとうございました」

「良い手筋だった。威力が足りないが、それはおいおい身につこう」

「はい」



 まぁ俺も偉ぶって指導してるけど、途中やばかったから!

 なんか気持ち悪い雰囲気になったと思ったら、段違いに実力跳ね上がったからな!

 年長者の意地で耐えたけど!俺って偉い…っ!!

 礼をしながら心で自分を褒め称えてみた。



「ふっ、お前もまだまだだな!父上の直接の指導をいただくまでもないではないか」

「……」



 三男、お前、なんという予想通りの反応。

 ちょっと吹き出しそうになるのをこらえるはめになったじゃないか。



「これを気に少しは控えることを覚えて「次」……」



 何時までも続きそうな嫌味を遮って、あとはいつも以上に手取り足取り稽古をしてあげた俺は、なんて弟子思いの師範なのだろうか。

 言葉もなく虫の息で道場に転がる三男を置いて、五男…くんと向い合ってささやかな交流をした。





「さすが武門の誉れ高い家の血筋、これほどの才は他家にはいまい。許しがあればまた来られるとよかろう(いやぁほんと強いね!次はあの気持ち悪い雰囲気のこと教えてね!)」

「光栄にございます(超怖かった!超怖かったよ!なにこれ次も…って殺されるの、俺!?)」

「お父上を超える日も近いだろう…誇りであるな(鳶が鷹ってまさにこれのことだね!顔的にもね!)」

「いいえ、私ごとき若輩者にて…。まだまだ及びもつきませぬ(ヒィィィ!生意気な奴だって言われてるの!?いやぁぁぁ!)」

「ふむ、よかったらこの後茶でもどうかな(美味い和菓子出してくれるからここんち好き!だから誘って〜)」

「私でよろしければ、喜んで…と申し上げたいのですが、誠にあいすみません。これから友人と約束がありまして(意図が見えないよ!ついでに感情も見えないよこの人ぉぉ!やめて、心臓持たない、誰か助けて……ってそうだハンゾーをダシにすれば!)」

「それは、こちらこそ申し訳ない、突然に(そっか残念だなぁ、まぁまた次の機会にね)」

「いいえ、では、私はこれにて失礼致します(回避成功!回避成功!速やかに離脱せよ!)」





 去っていく背に、気持ち悪い雰囲気もそうだけど、微妙にブレてる魂と肉体の事についてもまた次回聞けたらいいな〜と、そう思った俺だった。







本音と建前にも程がある








「ハンゾー!明日は暇だなそうだろうよし出かけるぞ付き合え否やは聞かん!(嘘がバレたらヤバいバレたらヤバい)」

「はぁ!?ちょ、おま、俺にも都合ってもんが…!」






(100819)

お互い無表情で感情悟らせないから内心込みだと恐ろしいほどのギャップ会話です(笑)というか、勝手にご兄弟の性格捏造申し訳ありませんあばばば!でも楽しすぎて自重を忘れたアフォです石投げてくださいアーッ!






秋月 ≫≫ 完全想定外な三男の登場にうはうはしつつも、殆ど本編に出ていなかった実家の様子に激しくときめきました!
       しかも我が家の主人公の性格良く掴んでいらっしゃる・・・!!もうビビりっぷりが最高(笑)
       今回は本当にありがとうございました!




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