私が四人いる兄のうちの一人に別の流派の師範が付いたことを知ったのは、門下生たちのうわさ話を通りすがりに聞いた時だった。
「三男殿に、あの!?」
「ああ、一人も弟子はとられないと聞いていたが、どう頼んだのか」
「他流だろう?よく許可を出されたな、当主殿も」
「それはこの機会を逃す手はないと考えられたのだろうよ。いくら他流とは言え、名に聞こえたかの御仁だからな」
「だがそれならご長男に付けてもよさそうなものだが…」
「それはあれよ…例の方がいらっしゃるから、もはや順列など大した意味を持たなくなって」
「おい、その話はあまり……」
「……」
「……」
ぼそぼそと小さくなった話し声に、これ以上は聞こえないなとその場は離れたけれど、なんか有名な人が来たんだなーと思った。
私には関係ないからね、それより今日も死ぬ気で逃げ足を鍛えなければ…!
くっそぅ…なんでよりにもよってハンターハンターなんだ!!
いや某暗殺一家とか某奇術師とか某旅団とか美味しいのは確かなんだけど…うふふ…主人公組も…。
って妄想してる場合じゃない…!
一般人なんて軽く人差し指だけで死ねる世界で、ジェントルなロマンスグレーになるまで生き残るためには速さ!スピード!これしかない!と早々に考えた私はひたすらそっち方面を鍛えまくっている最中である。
幸い生まれ変わったあとの性別は男、女の時より見込みはある…!はず…!
と、そう思っていた時期も私にはありました。
先日の兄の師範という三双萩さんとの稽古を思い出して、私は両腕をさすった。
ぶっちゃけ死ぬかと思いました…。
兄から合同稽古に誘われた時ですでに全力で逃げたかったけどね…!
だって超有名な人なんでしょ!?無理無理無理!
しかも兄から誘われるとかおかしいにもほどがある。
兄たちは私が次期当主候補として一番に名が上がっているのが気に食わないと、常日頃から敵意を浴びせかけてくるのだ。
それを合同稽古の誘いなど…何かありますって言ってるようなものだよね。
あー、これはあれだ、私の高くなってる(と勝手に思ってる)鼻をへし折ってやろうとかそう言う魂胆?
う、ウザい…。
だが一応は年長者からの申し出かつ傍目にはただの稽古。断れない。
でも師範有名人で超強いらしいし!と聞きかじった噂を思い出しては内心戦慄していた私をよそに、無情にも当日はやってくるのであった。
で、当日。
「師範を務める三双萩だ」
まっすぐ伸びた背筋で礼をとる目の前の人に、同じように名を告げながらちょっと呆然とする。
(……なにこの人…!理想的な中年が目の前に……!!)
これぞ歳のとり方の見本だってくらいのオヤジオーラが溢れている。
しかも言葉少ななクールタイプ。
(……やべ、腐女子心がくすぐられるんですけどどうしたら…!)
思わぬクール系おじ様の登場にざわざわ興奮する心をなだめつつ、ちょっとだけ兄感謝、とか思っていたら…。
え、なにこれ。
繰り出される攻撃に悲鳴をあげながら必死で身体を動かした。
速い怖い無理だって…!
思わず念を発動したくらい三双萩さんの稽古は容赦なかった。
でも、でも、念を使ったらますます攻撃が激しくなったんですけど…!!
いやー!!無理!!私のチキンな心臓もたないからーっ!!
「…それまで!」
制止の声がかかったとき真っ先に(助かった…)と命があることに感謝した。
こっちは汗だらだらだってのに、向こうは涼しい顔で感想言ってくるし、え、この人念使ってないよね?念の使い手じゃないよね?
念使わずしてこの実力なの?どんだけ!
やっぱりこの世界ってこんな人いっぱいなんだ…!死亡フラグもいっぱいなんだ…!!
い、今のままじゃ強い人に会ったら逃げられない…!ハンゾーより速いからまだ大丈夫だな、とか比較対象間違えたかも…!!
あまりに怖すぎたから、稽古のあとお茶に誘われたけど速攻断った。
ふたりっきりなんてそれこそ無理だ。
(でもなんでそう思ってるのにこーゆうところでばったり会っちゃうのかな?)
目の前に立つ三双萩さんの頭半分は上にある顔を見上げながら、内心がっくりとうなだれた。
「過日以来だ、君も買い物か」
「はい、三双萩さんもですか」
なんとか社交辞令のみのありきたりな挨拶で別れようとしたけど……あれ?
「お邪魔します(……ん?)」
何で自宅にお邪魔することになってるの?
カッポーンという音は響いてこないけど、ジャポンじゃありきたりな向こうで言うところの日本家屋の一室で茶菓子をすすめられている私。
ちなみにうちでは音がする、一応名家ですから。
「どうぞ」
三双萩さんが入れてくれたお茶を差し出してくれる。
「ありがとうござ……!」
が、受け取ろうと手を伸ばしたところでピキーンと固まった。
「……ふむ」
あれ、これどういう体勢。
近い距離で顔を見つめられて……って…はっ!?こ、これはまさか…!はたから見ればロマンスグレーに迫られる青年(美形)という…!!
(いい…!シチュエーションはいい…!けど…!自分が片一方っていうのは微妙…!!)
ここはぜひ顔は激似てるけど全く関係ありません、幻影旅団団長あたりに…!!
「やはりブレているな」
「……はい?」
聞こえた声にハッとなって慌てて妄想から帰ってくるが、言われた内容に首を傾げる。
ブレてる…?なんのことだろう。
疑問に思っていると「魂と身体が微かだがブレている」と続けて言われた。
…ごめんなさい、反応のしようがありません。
(もしかして三双萩さんって不思議系な人…)
とかなんとか失礼な事考えている私は次の瞬間聞かされた言葉に唖然としてしまった。
「このような場合に考えられるのは経験から言って世界をまたいだ転生かそれに似た何かなのだが心当たりはあるかね」
「…え?」
あまりにズバッと言われたため、さっきとは違った意味で反応できない。
「…ああ、思い出した。見覚えがあると思っていたが、君は幻影旅団の団長に似ているな」
「はい!?」
「その反応からすると、旅団は知っているようだ」
「は…ちょ、なに、が」
どんどん与えられる情報に頭が追いつかなくて見開く視界に、小さく笑った三双萩さんの顔が映った。
「はぁ…」
「落ち着いたか〜?」
あれから色々話して、びっくりすることがいっぱい分かりました。
「ありうるっちゃ、ありうる話ですけど」
「一人いりゃ二人も三人も考えられないことじゃねーよな」
ニヤニヤって言葉がぴったりなくらいの表情をする三双萩さんはガラリとその印象を変えている。
うん、何が驚いたってコレがかなり驚きだ!
「いやでも変わるにもほどがありません?」
「…あ〜これ?」
自分の顔を差して問うのに頷く。
さっきから三双萩さんの姿勢はあぐらの膝に頬杖である。
「まぁあれだ、取り繕わなきゃいけない時と場合が多いところに生まれちゃったんだよね!千年越しでやってりゃ鉄壁にもなるわ!あはははは!」
「……さっきから驚くことばっかりでもう麻痺気味なんですけど!千年ってなんですか千年って!」
思わず叫ぼうというもの。
「あ、二千は超えてたかな」
「……ちょっと整理させてくださいよ?」
「いいよ〜」
軽い返答に、ふぅ、とため息一つ。
「まず、三双萩さんも転生した。便宜上前世って言いますけど、前世は普通の学生でハンターハンターの漫画を読んだことがある」
「うん」
「それで転生先は…?」
「え〜と某有名漫画の世界の死神。だから云千歳にもなれる!我ながら長生きだよなぁ」
「…それで千年越しのソレの実践を…」
「ソレって、能面顔と本性の使い分け?」
きょとんと、あっけらかんと言った姿に、フルフル震える拳を強く握り、こみ上げる想いを抑えた。
「おーいくん?大丈夫か〜?」
でも、言わずにはいられない…!
「そんっっっ……っけいです…!!!」
「…は?」
「千年も…!千年もだなんて…っ!!」
呆気にとられた顔をしていたけど構わず三双萩さんにズイッと顔を近づけて、叫ぶ。
「師匠と呼ばせてください…!!!」