『T-ウイルス』は、人を生き返らせる。

 僕が目覚める少し前、ハイブの人間はレッド・クイーンによって皆殺しにされた。


 その二つを踏まえ出てきた答えは、クイーンによって死亡した職員が、何らかの理由で流出したウイルスに感染し、下手に生き返った結果が「死体モドキ」。

 というもの。


 でもそうなると出てくる疑問がいくつか。



 一つは、クイーン暴走の理由。

 一つは、ウイルスの感染経路。

 一つは、死体モドキが人を襲う理由。


 ・・・・・・・・実際はもっとあるんだけど、大まかな疑問は以上3つ。



 思考するにも情報が足りないし、なにより暇がない。

 僕はともかくお姉さんとマットは、死体モドキの獲物。

 せっかく見つけた『生きた人間』をみすみす見殺すなんて、今は出来ない。


 だから、僕は今僕が出来る事をするんだ。







疑問は増えるばかり









「走って!」



 追ってくる死体モドキの一体を蹴り上げ、そのすきに横を通ろうとしたもう一体を踵で沈めた。

 更に後ろから数体近づいてきたため、今度は全力で戦闘の奴の腹へ蹴りを一発。

 それに巻き込まれ吹き飛ぶ奴らを一瞥し、残ったの2体へは回し蹴り。



(これで、時間は稼げたか・・・・)



 通路の向こうから聞こえてくる呻き声は、少し遠い。

 たぶん後5分くらいは追い付いて来ないだろうと予想し、先に行かせた二人を負うべく踵を返し・・・・・



「って、なんでまだいるの!?」



 眼を見開きこっちを凝視する二人が、何故だかまだすぐそこにいた。

 僕が声を上げるとようやく気を取り戻した二人。



「あ・・・・あなた今の動き・・・」

「あーもうっ、それはさっきも言っただろっ!被験者になった影響か身体能力が化け物級だって!」



 どうやら僕の動きは一般的に見たら常識外だったらしい。

 自分でも何となく理解してたけど、お姉さんたちがここまで驚くなんて・・・・



「そんなことより連中、追いかけてきてるんだよ?捕まってもいいわけ?」

「っ!」

「そ、っそうだ、早く行くぞ!」



 少し、マットが僕を見る目に恐怖が見えた。


 ・・・・・・・・普通なら、その視線に悲しんだりするんだろうか。

 でも僕は普通じゃないみたいで、特に何も感じなかった。


 ・・・・・・・・・ま、どうでもいいか。



 お姉さんを先頭に、マット、僕と続き走る事数分。

 途中横手から飛び出してきた死体モドキをさっきと同じように蹴りで沈め、今は階段を駆け下りている。


 どうやらこの先は一本道になっているようで、先には人間の気配しかない。

 それを伝えるかどうかで少し悩んだけど、どうせすぐ分かる事だから別にいいか、と判断。


 でも気配を掴めないお姉さんとマットは僕が思った以上に焦っていたらしく、目的地が見えたとたん全力疾走。

 飛び込むように扉をくぐりぬけ、少し遅れて僕がそこに入れば勢いよく扉が閉められた。

 そしてガチャリ、と鍵が閉められるとほぼ同時に、僕の額へぴったりと押しつけられたこれは・・・・・・・・・拳銃?



「まって、撃たないで!」



 反射的に蹴り上げようと踵を浮かした瞬間、お姉さんが間に入ってきた。

 なのでとりあえず足は元に戻し、ようやく視線を周囲へと向ければ3人、人がいた。


 僕に銃を向けたのは、防護服を身に付けたお姉さん。

 その後ろにはお姉さんと同じユニフォームの、頼りなさげな風貌をしたお兄さん。

 そして一番遠く、驚きつつも冷静に僕を警戒しているのはラフな格好をした、お兄さん。



「彼は・・・・・・・・生存者よ」

「よろしく」

「・・・・・・・・・・よく生きてたね」

「見たところ、研究員か」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・詳しくは後よ、他に出口は?」

「奴らでいっぱいだよ!」



 僕たちが入ってきたドアとは逆にあるドアへお姉さんが近付けば、怯えた声を上げる・・・・・・・えーと、軍人?のお兄さん。

 そしてもう一方の、ガラス張りっぽい通路はどうだとお姉さんが言うけど、どうやらそこがクイーンのメインルームみたいで行き止まりだった。



「助けを待とう!特殊部隊の本部が、応援をよこすはずだ・・・・そうだろう?」



 そう言いだしたのは、ラフな格好のお兄さん。

 特殊部隊ってのは、防護服を着た二人が所属してるところかな?

 じゃあお姉さんとマット、それとお兄さんは一体・・・・・・?

 ここの生存者?


 うーん、聞きたいけど聞けない雰囲気・・・・・。


 だって軍人のお二人の様子がおかしい。


 まるで希望がない、みたいな表情・・・・・・・

 それに気付いたお兄さんも不安そうに問い返すけど、帰ってくるのは沈黙。


 実際にはほんの数秒。

 だけど結構な時間に感じられるほどの重々しい沈黙を最初に破ったのは、軍人のお兄さんだった。



「時間がないんだ・・・・」

「さっき通った屋敷から地下に通じるあの秘密のドアは、後一時間で完全に閉じる・・・・・・・・・遅れたら出るのは不可能・・・・・」

「そんな・・・・馬鹿なっ・・・・俺たちを生き埋めにするってのか!?」



 ・・・・・通路って、そこしかないわけ?

 秘密のドア、って言ってるってことは、普段はそれ以外の道を使ってるんだと推測できるんだけど・・・・。



「汚染が起きた場合事態そのものを封印することが、会社の唯一の安全対策さ・・・・」

「今になって言うなよっ・・・・・・・こんな地下の、奥深くに閉じ込められてからっ・・・・・・!」


「逃げ道を探すのよ」



 重い空気が部屋を包む中、きっぱりとそう言い放ったのはお姉さん。


 力強い意志を瞳に宿し、陰気を振り払うようにすたすたと部屋を横切る。



「何をする気だよ!」



 軍人のお姉さんの問いかけにも振り返らず、部屋の中央にある机の上に乗った鞄を肩に担ぎ、向かう先はクイーンのメインルーム。


 お姉さんのその行動に慌てて立ち上がる、他の人たち。

 一番最初にお姉さんの元へ行ったのは、軍人のお兄さん。



「どこへ持っていく!」

「再起動させる」

「駄目だ、そんなことするなっ!」

「クイーンなら逃げ道を知ってる」



 クイーンはハイブを統治する人口知能・・・・だっけ?

 だったら確かにあらゆる逃げ道を知っているはずだね。


 ・・・・・・・・・ていうか、



「マット、再起動ってどういうこと?」

「っ!え、ああ、・・・彼女から聞いてないのか?」

「ほとんどなにも。色々と聞けるような状態じゃなかったからね」



 お姉さんを追いかけるように全員が動く中、丁度目の前を横切ったマットを捕まえてそう問えば、怯えたような、驚いたような反応が返ってきた。



「・・・・・えぇと・・・、何から説明すればいいかな・・・・」

「・・・・・じゃ、僕が分からない所を聞くから、それに答える質問形式でいい?」

「あ、ああ」

「そうだね、まず最初は・・・・・・・・名前を教えて」

「は?」

「僕はさっきも言ったけど記憶喪失でね、ここの研究員に『ヒュプノス』って呼ばれてたことは知ってるんだけど、本名は覚えてない」

「ヒュプノス・・・・・・?」

「眠りの神様の名前。どうやら今日目覚めるまで僕は、生命活動は再開しても意識が戻らなかったらしくてさ、だからそんな風に呼ばれてたんじゃないかな?」

「・・・・・・・・・・・・・」

「あなたのことはお姉さんがマット、って呼んでたから知ってるよ」

「・・・・・・ああ、マッド・アディソンだ。マットでいい」

「ありがとうマット。じゃあ他の人たちの名前を教えてくれる?」

「・・・・さっき君に銃を向けたのがレイン、レインと同じ服装の彼はカプラン、そして彼は・・・・・記憶喪失だそうだ」



 軍人のお姉さんがレイン、軍人のお兄さんがカプランね。

 で、残るお姉さんとお兄さんはそろって記憶喪失、と。



「次の質問だけど、ここに特殊部隊が送り込まれた理由はクイーンが暴走したから?」

「えぇと、その暴走の理由を探ることと、クイーンをシャットダウンさせることが任務だと言っていたな・・・・」



 ハイブを統括するクイーンを落としたから、全フロアのカギがフルオープンになり、人間モドキが解き放たれた、ってわけか。

 そういえば、たしかに一度停電になったな。

 そして電気がついたかと思えば連中が周囲にたくさんいて・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・ん?



「特殊部隊は他にいないの?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「あー・・・・・、あの死体モドキに?」

「・・・・・・・・・・・ああ」



 じゃあ、ここにいるのがハイブ内で生きてる人間全員ってことか。



「次の質問だけど、見たところあのお姉さんとマット、それとお兄さんは特殊部隊の人間じゃないみたいだけど・・・・」

「二人は入口を見張る特殊工作員らしい。部隊がここに突入する時一緒に」

「じゃあマットは、さっきの話から察するにたまたま訪れたところを巻き込まれた?」

「そんなところだ」



 あ、はじめて笑った。

 苦笑だけど。



 ちょっとその事に驚きつつ次の質問をしようと口を開いた瞬間、



「「っ!」」



 ばちっという強い放電したような音と、マイクが入った直後のキーンという耳障りな音がほぼ同時に聞こえ、思わず耳を押さえた。

 おそらくクイーンの再起動が成功したんだろう。

 ちらっと視線をマットに向ければ、分かってると言わんばかりに頷かれた。


 僕もそれに頷き返して若干の耳鳴りは一先ず無視し、とりあえず質問タイムは一時中断。


 マットと僕はクイーンのメインルームへと足を向けた。












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