僕が目覚めだ部屋のお隣、そこの扉もまた怪力で破壊し出た先は、ようやくどこかへとつながっているっぽい廊下だった。



「なんか・・・・・・・・・・・嫌な気配がする・・・・」



 人の姿がまったくない廊下に一人ポツンと立ちつくし、うーんと首をひねり神経をとがらせた。


(・・・・・・・・・人・・・の気配じゃない、よなぁ・・・・・・)


 耳も済ませて音を拾おうと集中するけど、よほどここらの部屋は防音が利いているのか、なにか獣の唸り声のようなものしか拾えない。

 てか、獣の唸り声のようなって・・・・・・・・・・もしかして僕以外の実験動物かなぁ?


 ・・・・・・・・・・・・・・・うー、分っかんないし・・・・・・・・・・。



「とりあえず、服、探さなきゃ・・・・・・・・・・」







死体モドキと遭遇









 適当に選んだ部屋の扉は、やっぱり鍵がかかっていたので怪力に物を言わせてみた。


 鈍く重い音とともに崩れ落ちる扉。

 めりこんだ腕を引っこ抜き、部屋の中を確認しようと顔をあげたとき・・・・・・・・・・・・・・・・・・


(人・・・・・!?)


 ちらり、と奥のほうで動く影。

 それが人間のものだと理解すると同時に、違和感を感じた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 目を凝らし、耳を澄まし、感覚を広げ、違和感の正体を探る。


「・・・・・・・・・・なぁ、そこのアンタ・・・・・・・・」


 ゆっくりと足を進めながら、でもいつでも反撃できるよう腰を低くそろりそろりとそれに近づく。


「僕さ、服、もらいたいんだけど・・・・・・・・・・・・・・・」


 扉を破壊するなんて荒技やったってのに反応しない。

 声かけても反応しない。

 そしてなにより、人の気配がしない。


 声をかけたけれど、返事が返ってくる事なんて最初から期待していない。



 だってそいつは・・・・・・・・・・・・・・・・



「・・・・・・・・・・・人じゃない、ね」



 乳白色の目。

 顎が外れるほど開かれた口。

 弛緩しているのか、座った状態だけど全体的に緩みふらふらと揺れる体。


 鼻につくこれは、腐敗臭。



 素っ裸の美青年が目の前にいるってのに反応ひとつないそれは、姿だけを見るならただの死体。


 だけどゆらゆらと揺れる体、小刻みに動く眼球は、生きている証拠。


 少し気になってそれ・・の前で手をひらひら振ってみたりしたけれど、


(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・反応はなし、と)


 次いで指を何度か鳴らしてみたら、微妙に反応した。

 けれど頭全体で音のする方向を向くだけ。


 生きているのか、死んでいるのか分からない。



 ちょっと失礼して首の脈を探してみたら、ちゃんとあった。

 動いてる。


 ということは、だ。

 これ・・は生きている?



 じぃっとしばらく観察してみたけれど特に様子が変わることもなかったから、とりあえず最初の目的、服を探すことを再開することに。


(そういえば、僕裸なのに寒さとかあんまり感じてないな・・・・・・・・・)


 室内の気温はそこまで高くない。

 でも普通裸でいたらほんの僅かでも寒さを感じるんじゃないだろうか・・・・・・・・・?



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・金属製の分厚い扉をぶちこわしたりする僕が今さら普通を語るのも変だけど、さ。



 さっきのあれ・・みたいのばっかりだったら特に問題ないけれど、通常の思考を持つ人間と遭遇したら、今のぼくは明らかに変質者かキチガイだ。



 幸いにも今いる部屋は研究室じゃないらしく休憩室みたいな部屋だから、服の一着や二着ありそう。


 やっぱり鍵のかかった扉をいくつか壊して探せば、ようやくロッカーらしきところを発見した。


 が、




(・・・・・・・・・・・・・今度は団体か・・・・・・・・・・・・・・)



 ふらふらとその身を揺らし、狭い室内にうごめくそれ・・ら。


 白衣を着ているのが6人。

 中途半端に服が脱げているのが2人。


 内4人は身体の所々が食いちぎられたかのように欠損しており、残る4人より動きが鈍いように感じられる。


 そして床に転がる、正真正銘の死体が2つ。

 身体の硬い部分と骨、そして衣服や頭髪などを残し血にまみれている。




――――――はっきり言って、とても臭い。




 血の臭いはもちろん、何かが腐りかけたような臭いやら何やらが。


 でも、それをここでどうのこうの言っても仕方が無い。

 僕はとにかく今、服が欲しいのだから。



「ちょっとどいてよ。邪魔。」



 手で触るのは正直嫌だったから、足で目の前に居たやつの腹に蹴り一発。

 そしたら思った以上に力が入っていたらしく、蹴ったやつの後ろに居た2人もまとめて壁まで吹っ飛んだ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 どごん、と重い音。

 ほんの僅かに壁がへこんだようで、壁と僕が蹴ったやつとに挟まれたやつは潰れて動かなくなってる。



(・・・・・・・・・・ま、いいか)



 次から加減しようと誓い、丁度空いたロッカーの前に歩を進め、中を物色。


(ふーん、一式揃ってるし)


 流石に下着は新品が良いよなーとか思ってたら、奥のロッカーから未使用のものが出てきた。

 サイズも色々あるらしく、適当に選んだそれをはいたらピッタリだった。


 次いでカーキのズボンを穿き、適当に拝借したベルトを締め、ブルーのシャツを着た後少し悩んでから白衣を羽織る。


 よし、これでいいかなと自分を一度見下ろし確認。


「・・・・・・・・・・・・あ」


 靴を忘れてた。


 再びロッカーを物色し、見つけ出したのはワークブーツ。

 ほかにも僕好みのはあったんだけど、サイズがそれしか合わなかったので妥協。


 さてさて、これからどうするかなとロッカー室から出て、休憩室らしきところまで戻れば・・・・・・・・



(死体モドキが居なくなってるし・・・・・・・・・)



 うーん。

 まぁ、無害っぽかったからいいか。



 とりあえず服は調達できた。

 次は現状の確認だ。


 まずここがどこなのかを確かめよう。

 ていうか色々気になることもあるし、手っ取り早く端末から情報を集めるのがいいかな。


 幸いにも僕はハッキングの知識を持ってるみたいだしね。



 ってことで、ひとまず最初目覚めた部屋へ戻ろうと一歩踏み出した、そのとき。



「・・・・・・・・・・・・・!」



 今までほんのわずか聞こえていた電気系統の作動音が途切れ、それと同時についていた明かりさえもが消えた。

 完全なる暗闇。

 遠くから僅かに聞こえる死体モドキのうめき声。



(なんだ急に・・・)



 踏み出しかけた足を戻し、周囲一帯に意識をめぐらす。


 まさかずっとこのままか、と少しの不安が胸のうちから湧き上がって来たとたん、再び電灯がともった。


 そしてそれと同時にあちらこちらから扉のロックが解除される音が聞こえ、開いた。



「なんなんだ・・・・・・・・」



 呆然と立ち尽くしていたら、ふと聞こえたこれは・・・・・・・・・・・・銃声?


 断続的に聞こえたかと思うと、今度は連射・・・・・・・・マシンガン?


(人の声もかすかに聞こえる・・・・・・)


 耳を済ませていれば、周囲の空気が変わった事に気付くのが遅れた。


「・・・・・・・・っ!」


 反射的に壁へと移動し背を預け視線をめぐらせれば、今までどこに居たのか通路を埋め尽くさんばかりの死体モドキ。



 ・・・・・・・・・・・・・・・数体ならまだ我慢できる。

 けど視界いっぱいいる連中は、正直無理。



「・・・・・・・・・・・・目障り」



 ふつふつと、胸のうちから湧き上がってくるこの感情は、不快による怒り。


――――――どくん


 鼓動が一つ、高く鳴った。


――――――どくんっ


 もう一つ鳴れば、今度は呼応するかのように左腕が熱く、熱く、



「・・・・・・・・そうか、排除すればいいんだ」



 本能の赴くまま左腕を横へとなぎ払えば、視界を埋め尽くしていた一角が吹き飛んだ。

 そしてその腕を再び別の一角へと振り下ろせば、ただの肉塊へと成り果てるモドキたち。


 あとはもう、同じことの繰り返し。


 最初に銃声が聞こえてから数分もたてば、辺り一帯は赤一色。



 僕はというと、血のにおいが不快だけど、目障りなものが無くなって少しすっきり。



「死体がいつまでも歩き回るなよ」



 白衣にこびり付いた肉片が目に入り、また少しいらっときた。

 そうしたら再び左腕が熱くなり、意識がそっちに。



(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)



 赤い、筋組織がむき出しの腕。

 それに焦点があったとたん、今までどこか霞がかかったかのようだった意識が明瞭に。


 すっと、胸の内からこみ上げていた熱も冷め、変に高鳴っていた胸の鼓動も平常のリズムに。


 だけど、異形の腕だけは変わらずそこにあった。

 右腕とはまったく違う、大きく鋭利な爪を持つ、床に届きそうなまでに巨大化した左腕。


 目の前まで掲げて指を曲げたり伸ばしたり。

 いささかの不具合なく、右腕と同じく左腕もまた、自分の腕であると分かる。

 でも・・・・・・・・・



「違う・・・・・・・」



 どうすれば戻るのか。

 少し悩んだけど、思い出した最初の記憶。



(僕ははじめ、全身がこれだった・・・だけど僕の意識が目覚めて、人の形に成った・・・・・・・・・・だったら)



 強く思い出す。

 自分の左腕がどうだったか。


 爪の形、指の長さ、手の大きさ、腕の長さ。

 強く強くイメージする。


 そうすれば・・・・・・・・・・・・・・再び熱く熱く熱を持ち、骨が軋み筋肉が収縮し皮が張り形が変わる。


 その様は酷く非現実的で、今まさに起こっている現実だというのに違和感しかそこには無くて・・・・・・・・・・・少し悲しくなった。




「・・・・・・・・・・あ、服破けちゃったよ」



 悲しくなったけど、それはそれ。

 僕が僕であることに変わりはないし、どうせ時間を置けばすぐ馴染む。


 だけど破けた洋服は戻らない。

 なので、今僕がすることは、もう一度着替えること。



「さっきのはあまりやらないようにしなきゃ・・・・・・・」
















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