広く広く遠くまで広がる海を眺めていたら、思わず口を衝いて出たのは大きなため息。


(私・・・・・・なんでここにいるんだろ)






見上げた空は憎らしいほどに青く








 ゆらゆらと足元が揺れるのは、今いる場所が海の上にぽつんと浮かぶ船の上だから。

 そしてバタバタと私の背後でせわしなく動き回る気配は、初めての船旅ではしゃぐ事の発端・ハンゾーの足音。


(お前仮にも忍者なんだから足音くらい消せよ・・・・・・・)


 なんて突っ込んでみるのは心の中でだけ。

 口に出したら奴のマシンガントークに付き合わなくちゃいけなくなるのは目に見えてる。

 誰がそこまで付き合ってやるかっての。




「はぁ・・・・・・」


 船縁に肘をつき手のひらの上に顎を乗せ、視線は遥か彼方の一本線。

 ついっと視線を進路方向へ向ければ、近づいてくる黒い海域。


「嵐かぁ・・・・」


 おそらくあと30分も経てばこの船は荒れ狂う海域だ。

 今度は視線を進路方向とは逆、後方へと向ければ先ほど下船した元・受験者たちが乗る避難船が。



(なんで私あれに乗らなかったんだろ・・・・・)



 あれに乗っていれば明日の今頃には空港で、明後日にもなればジャポンの実家についていただろうに。



(なんだかんだと理由をつけて拒否しまくってたけど、心のどこかでは夢小説みたいな展開を希望してる、ってことかな?)



 別に83、あれ、85だっけ?

 まぁ股がけくらいバレても問題は・・・・・・・あー、ちょっとだけ面倒だったかもだけど、自分の命と天秤に掛けるほどの事でもない物。

 だって彼女たちにはちゃんと最初に言っている。


「付き合うのは別にかまわないけど、愛したりはしない。君とは遊びの関係になるけど、それでもいいのか?」


 って。

 それでも良いから俺と付き合いたい、って子たちとしか付き合ってないし、俺の気まぐれで別れるよとも言ってある。


 一応私も前世が女だからね。

 今の私が酷い最低な奴だってのは自覚してるんだけど、なんていうか、ねぇ?

 本気で私を落としたいんだったら頑張ってよ、って感じ?

 私がすべてを投げ出して身を尽くして愛を捧げたいって思うような子がいれば、こんな遊びから足も洗えるのに。


 どこかにいないかなー。

 清楚で大人しくて私がその子だけに愛をささやいてもワガママにならなくって束縛もしてこない、もしくはそのワガママも束縛も許容出来てしまえるような子。


 やっぱり元女なせいか、付き合ってる子たちが陰で陰湿なやり取りしてるのがわかっちゃうわけだよ。

 そうしたらもう、なんていうか、萎える。



 更に嫌になるのは、実家の事。


 一応ね、私が生まれた家はジャポンでも有数の武家。

 大きな道場もあるし、門下生は分家も合わせれば万を超えるほど。


 私はその本家の五男坊として産まれたわけなんだけど、問題はその上に4人の兄がいるってこと。

 前にも述べたけど、私は小さい時から暇つぶしで念を修行していたおかげか身体能力がそこそこ高い。

 そしてジャポンでは五指に入る剣士で、当主である父にすら勝る腕を持っている。


 それはつまり、次期当主候補として一番に名が挙がっているのが私だということで……、まぁ要は兄たちにとって私は目障りなんだ。


 嫌味や嫌がらせは日常茶飯事。

 年功序列って古臭いしきたりが微妙に中途半端に残ってるせいで、それを盾に無理難題や面倒事を押し付けられるのもいつものこと。

 そして私が美形なのを妬んでいるらしく、ちょっと容姿がアレなご令嬢やら姫を許嫁にって縁談を組ませようとしてくるのも腹が立つ。


 それでストレスがたまり、剣を振るうことで微妙に発散はしてるけど同じ敷地内にいるからあまり意味はない。

 だから女の子たちと遊ぶ事で発散してたりするんだけど、裏の顔見て辟易してやっぱり疲れる、と。



 ………………あ、なんだ。

 私、結局それから逃げたかったからハンゾーについてきたのか。

 あー、納得納得。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もしかしてハンゾーもそれを見越して私を誘ったのかな?



「・・・・・まさか、ね」


 あの馬鹿にそんな繊細な気遣いはできないな。


わぁ・・・」



 なんか思考の整理が終わったら気が抜けて欠伸が出た。

 生理的に滲んだ目元を指でなぞり、なんとなく視線を針路方向へ向けたら大分嵐に近付いてきていた。


「・・・・・・・寝とこ」



 あわただしく動く船員と、それに混じってマシンガントークを続けるハンゾーを横目に、私は船内へと足を向けた。











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