窮鼠、猫を噛むという言葉がある。

 どんな弱者であろうとも、追い詰められれば強者すら打ち倒す力を出すことがある、という意味の言葉だ。


 それは火事場の馬鹿力に似ており、自身の限界以上の力を出した結果であると俺は考えてる。


(でも、それでも限界というものはある)


 いかに弱者が限界以上の力を出せても、強者がその限界の更に上の上の力を持っていたら、そこでアウト。


 ただの町民が、幼少の頃から自身に妥協を許さず鍛え上げてきた忍に傷一つ付けられないように。


(・・・・・・・・・・でもあの人たち・・・・・はそれを理解したうえで、意地を貫きとおそうとしている・・・・・)


 忍として育った俺には、到底考えられない行動。


(忍の第一は任務達成。そのためならば命を投げ出すけれど、意地を通す為ぐらいじゃ、命は掛けられないから・・・・・・・・)


 そこが、忍と一般人の違い。







矛盾だらけの誓い









 ルフィが他三人を連れアーロンパークへ向かった。

 俺はというと、ナミの傷の手当のため彼らをお見送り。



(魚人の仲間である証の刺青、ね・・・・・)


 ナミの左肩に刻まれた、鮫と波をイメージしたかのような刺青。

 それこそが現況と言わんばかりに何度も何度も突き立てられたナイフによって、そこは正直結構やばい状態。


 普通に縫って包帯巻くだけじゃ、後遺症やらなんやらが心配で心もとない。


(それに砂煙で汚れが傷に入ってるかもしれないから洗い流さないと)



 ざり、ざりとワザと足音を立たせてナミの傍へと行けば、涙のこぼれる瞳と眼があった。


 近くまで寄ってしゃがみこみ、視線を合わせ安心させるような笑顔を表面に。



「傷の手当てするから、移動、できる?」

「・・・・・・・・・」


 そう問えば、少し戸惑ったような間の後小さく首肯された。

 ふらりと立ち上がったナミの背を支えるように手を当て、傷に響かないようゆっくりと、彼女のペースで移動を開始。



 俺的にはそこらの適当な家に入って包帯や消毒液を勝手に拝借と思ってたんだけど、ナミが向かうのは村の奥のほう。

 多分自宅に向かってるんだと考えつつナミに合わせて歩いていれば、視界に入ってきたミカン畑。


 その奥のほうに一軒の民家が見え、おそらくそこが彼女の家かな。





「包帯と消毒液、あと他の治療道具とか借りたいから中、入ってもいい?」

「・・・・・・・・・・・ぇ、ええ」



 帰ってきたのは少し戸惑った声。

 多分少し落ち着いてきて、俺の存在に疑問を持ち始めたんだろう。


 けれど今はそれに答えてる暇はなく、ナミを玄関横のベンチに座らせ俺は家の中に。



(ずいぶん荒らされてるな・・・・・)



 倒れた机や椅子に、割れた鉢植え。

 そのほかにもいろいろな物が床に散らばり、何やらひと騒動あった様子。


(さて、治療道具は何処においてあるかな・・・・・)


 視線を周囲に巡らし、目的の物が置いてあるそうな位置を推測。

 その候補を見つけた順に探っていけば、2つ目で見事発見。


 中身をいったん確認し、次に清潔な布と水を確保。

 そしてそれらを一纏めにして表へと出れば、ごしごしと右腕で眼をこすっているナミの姿が。


「・・・強くこすったら眼に傷が入るよ」

「!!」


 持ってきた荷物をベンチに下ろし、タオルを一枚水に濡らして手渡した。


「・・・・・・・・?」

「目に当ててなよ。少しは楽になる」

「・・・・・・・・ありがとう」


 思いのほか素直に感謝の言葉を返された。

 それに驚きつつも表には出さず、どういたしましてと返せば肩から力が抜けたみたい。


「傷の治療するけど、いいかな?」

「・・・・・・ええ、お願い」

「じゃあまず最初に傷を洗うから、こっちに肩向けてくれる?」


 用意していた水を片手に、傷の具合を見つつゆっくりと容器を傾ければナミの肩が少し揺れた。

 そしてある程度流し終えれば傷周辺を清潔なタオルで水気をぬぐい取り、今度はアルコールを染み込ませた脱脂綿で手早く消毒。


(・・・・・・・・・・思ったより深いな・・・・・)


 後はナイフで切り裂かれた傷口を縫合して包帯で巻いておけば問題ないだろうけど、多分ナミはこの後無茶をするだろうし・・・・・。

 そうなったら勿論傷は開く。

 そしたら絶対に傷の跡が残る。


 女性にとっての傷は男の物とは逆だ、と先生が煩く言っていたのがふと頭をよぎり、思わず眉間に力が入る。


(・・・・・・・・仕方ない)


 一度視線をナミの肩から自分の掌に移し、そこにチャクラを集中。


「・・・・・・・今からするのは傷の治療だから、あまり動かないでね」

「・・・・・・・・え?」


 視線を再びナミの肩に移し、傷の具合から込めるチャクラを調整する。

 そして不思議そうに見返してきたナミを尻目に、掌を肩へと。


「・・・・・?・・・・・っ!!?」


 驚く気配が伝わってくるけど、今はチャクラの調整に集中しないといけないから無視。

 しゅうしゅうと音を立て生々しい傷口が徐々に皮に覆われていくのを見ながら思う事は、やっぱり自分の医療の腕がまだまだだという事。


「傷が・・・・!?」

「・・・・・・・・っ」


(制御が・・・・難しいなっ、もうっ・・・・・!)



 このペースじゃ、完治させるにはもっと時間がかかる。

 でも正直言って、そんな時間がないのが現実。


(それにここで下手にチャクラを使って、後々チャクラ切れで動けなくなったら本末転倒もいいところだ)


 多少動いたところで出血はしないだろう、ってところまで傷が治ったのを確認し、掌のチャクラを霧散させた。



「・・・・・・・・とりあえず傷はふさいだ。けど、あまり激しい動きや無茶はしないようにしてね」

「あなた、何者なの・・・・・?」

「医療を少しかじった事がある、只の旅人だよ」

「旅人?」



 ある程度治したといえ、その皮膚は強制的に再生させたためまだ不安定だ。

 だから念のためにと救急セットから包帯を取り出し、邪魔にならないようきつすぎないよう注意しながら巻いた。



「この島に到着したのはいいけど、乗っていた船が小舟でね。ルフィに次の島まで乗せてもらえないかってさっき交渉したんだ」

「ああ・・・・」

「だから傷の手当てはその駄賃、ね」



 きゅっと締めすぎないよう包帯を巻き終えれば、用意した道具一切をまとめ室内に。

 とりあえず机の上に置き、事が終わったら片付けしようと表に戻れば、ナミが武器らしき棒を手に待っていた。


 その姿はやっぱりというか、先に行った彼らとともに戦う意思をしっかりと持っている。


(掌仙術使っておいてよかった・・・・・か?)


「・・・・・・・・あなたも行くの?」

「船に乗せてもらうんだから、もう少し働いておかないとね」

「・・・アーロンに殺されるかもしれないわ・・・・・」

「義を見てせざるは勇無きなり」

「え・・・?」

「俺が尊敬してる人の言葉。・・・・俺には目的があるから命をかける事は出来ないけど、それでも出来る事が、力になれる事があるのなら出し惜しみするなって言われてるんだ」


 忍の本分は任務優先の完遂能力。

 命をかけるのは、任務と里の未来のみ。


 ・・・・・・・・だけど、それだけではダメなんだとあの人・・・は言っていた。


 忍になったばかりの頃はまったく分からない事だったけど、最近少しは分かるようになってきた事。



「お節介かもしれないけど、こういう場合人手は無いより有ったほうがいいでしょう?」

「・・・・・・・・・ありがとう」

「これも何かの縁だし、ね。それじゃ、そろそろ行こう」

「うん!!」




 命までは掛けられないけど、出来るだけ頑張ろう。

 そうひそかに誓い、俺はナミに続いて走り出した。













[ 前 ]   [ 戻 ]   [ 進 ]





inserted by FC2 system